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1998年の競馬雑誌まるごと1年分を捨てられずにとっておいていた。
ただでさえ片付けのできていなかった私の部屋には要らないものばかりで、物が溢れている。さすがにそろそろ捨てようかと思う。
しかし、普通に捨ててしまうのは勿体無い。久々に1998年を振り返り、何か残してから、今まで捨てずに残していた雑誌達とお別れすることにしよう。
早速から金杯から…と言いたいところだが、その週の号だけなかったので、京成杯から。(中途半端言うな)

・京成杯
この頃の京成杯はまだマイル戦だった。シンザン記念とモロに条件が被っていた。
そうなるとメンバーが分散しそうなものだが、過去の京成杯の出走馬にはピコーペガサス、ヒシアマゾン、サクラスピードオー、エイシンガイモン、スピードワールドとかなりのビッグネームが名を連ねている。サクラスピードオー以外は外国産馬というところが、外国産馬がいかに大暴れしていた時代かが伝わってくる。クラシックや天皇賞に外国産馬の出走枠を設けようとした時に多くの生産者が意義を唱え、あの大川慶次郎氏も3〜5年の猶予期間を与えるべきとの考えを示していた。

話が少し逸れてしまった。1998年の京成杯には朝日杯でグラスワンダーの2着マイネルラヴが参戦し、当然これが単勝1.2倍の圧倒的支持を得ていた。
他にはダート1200Mを新馬、500万下と連勝してきたエフワンナカヤマ、関西からはユノプリンスの参戦もあった。

だが、レースではマイネルラヴは直線で全く伸びがなく、勝ったのはマンダリンスターとこれまた外国産馬。前走でエフワンナカヤマの3着と敗れていた馬だったが、ここは巻き返した。
その前走はカンパイがあったレースで、マンダリンスターといえばカンパイの馬と一部の人には記憶されている。他にも新馬戦でエルコンドルパサーに7馬千切られた馬となかなかのネタ馬だったと言えるだろう。このことはエルコンドルパサーファンがいかにエルコンドルパサーが凄い馬であったかを説明するときにも用いられている。

・ガーネットS
前年からG?に昇格。ようやくダート路線が整備されてきた頃だった。
圧倒的な一番人気はワシントンカラー。前走では、まだ暮れの頃に組まれていたスプリンターズSを3着というのもあるが、ユニコーンSでタイキシャトルの2着、ギャラクシーS、根岸Sは共に圧勝ということを考えると単勝1.4倍も過剰なものではなかったかもしれない。
だが、勝ったのはスーパーナカヤマ。前走は叩き2戦目の準オープンだったがダート1200Mは1分10秒台の時計で圧勝。不良馬場を味方に先行押し切りという内容だった。スーパーナカヤマもやっぱり外国産馬だった。(父ジョリーズヘイローだったのか)
2着にはビーマイナカヤマ。中山競馬場でナカヤマナカヤマという非常にアホらしい結果となったのである。
ちなみにワシントンカラーの敗因は「積もった雪を見て感動しちゃったんじゃないかな(笑)物見してしょうがなかったよ(ヨシトミ)」だったとか。

・500万下
エルコンドルパサーが新馬戦同様に9馬身差でぶっちぎり勝ち。的場騎手「今日もエンジンの違いを見せてくれたね。」

・準オープン
初富士S…ケイワンバイキングがツルマルガイセンをハナ差抑えて差し切る。

・900万下
エプソムシアター(菅谷)の追い込みが決まる。
ショーザランニング逃げ切る。

・新馬
ウイングアローがデビュー戦。ダート1200Mで猛然と追い込むも3着。上がりは35.9。ちなみに勝ったケイエスグッドワンも後に準オープンで活躍する。


ということで早くも第2回が無さそうな勢いで第1回はここまでにする。次回はシンザン記念の週です。
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